ラオスの歴史

 
1353年、ランサン王国が初めての統一国家となり、この王国は1710年までおよそ350年間も続きました。最初に都が置かれたのは、現在のルアンパバン。その後も王国は成長を続け、絶頂期を迎えた16世紀にはその版図を東北タイにまで広げていました。また、1560年にビエンチャンへ遷都してからもヨーロッパ交易を盛んに行い、17世紀にかけて仏教や芸術で国中が華やいだと伝えられています。 
そんな王国に陰りが差してきたのが18世紀のこと。王位を巡る争いが勃発し、ランサン王国はビエンチャン、ルアンパバン、チャンパサックの3王国に分裂。さらに内紛や互いの争い、シャムなど隣国の勢力拡大で弱体化がすすみ、1770年代には3国ともシャムの支配下、または朝貢国となります。1893年にはカンボジアやベトナムを攻略してきたフランスがこの地にも侵入し、フランス領となりました。この時にラオ族から名前をとり、ラオスという国名が付けられました。 
その後、日本軍の侵略による一時的な解放、フランスによる再支配、さらに続くベトナム戦争にも巻き込まれ、ラオスは内戦状態になるなどの混乱が続きました。事態が収束したのは1975年になってからのこと。パテート・ラーオが勝利を収め、軍事行動なしに政権が移譲されラオス人民民主共和国が樹立されました。